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『そして目的は果たされず』 by 楼堂舎

『そして目的は果たされず』
楼堂舎 
 
 ピンク髪の少女が、洞窟の中でたき火にあたっている。
「うふふ……二人ともかわいい寝顔だね」
 彼女――モモコは眠る仲間へ柔らかくつぶやいた。歩き疲れてへとへとなのは、モモコも同じだ。しかし自分まで眠りに落ちてはいけない。
 ここは北海道の某山系、熊が多数出没すると噂される地である。風は寒く、空は常にどんよりと曇っている。人の訪れをかたくなに拒むような空気が、この場所にはある。
 だが、それでも目的は果たさなければならない。モモコたちの山中生活は、すでに三日目になろうとしていた。
「どうしてあたしたちが、こんなことしないといけないのかな……?」
 暖かな言葉とは裏腹に、顔はさびしい微笑みを浮かべている。これから生き物をあやめなければならないという現実が、モモコの心を沈ませる。
「ねえ、カネコ……あなた、熊が大好きだったよね」
 むにゃむにゃと何事か寝言をつぶやいている金髪少女の頬へ、モモコはそっと手を伸ばす。とたんに口が開いて、かぷり、とモモコの指をくわえこんだ。
「くまー」
「あっ……ちょっと、放してよ」
 かすかな快感に襲われ、あわてて手を引っこめる。金髪少女――カネコの口から抜き取った指先には、ほんのりと彼女の唾液が付着していた。
「もう、カネコったら……クロコも、カネコに言ってあげてよ、ねえ」
 モモコは黒髪の少女のもとへと向かう。眼鏡をかけた三つ編みの彼女――クロコは、見た目にたがわず聡明で理知的、モモコも大いに頼りにしていた。
 そんな彼女の寝顔は、普段のきりりとした表情からかけ離れている分、かえって愛らしくモモコの心をときめかせてくれる。
「クロコは怖くないの……クマゴリラさん、殺しちゃっても心が痛まないの……?」
 近づいてきたモモコの頬に、ビンタが飛んだ。
「痛っ……クロコ、寝相悪いよ……」
 軽く四、五メートルは吹っ飛びながらも、モモコはクロコがまだ元気であることに安心している様子であった。

ж

 翌日はこの山にはめずらしく、さんさんと太陽の照りつける暑い日だった。
「よーし、今度こそにっくきクマゴリラをぶっ潰してやるわよー!」
 昨夜の消沈ぶりなどどこ吹く風で、モモコは元気いっぱいに叫んだ。
「ほら、カネコ! あんたが熊好きなのは知ってるけど、好きの気持ちだけじゃ仕事はできないの。偉い人から命令があったらそれに従う、たとえ好きなものでもぶち倒す! そこんとこわかってる? わかってないと生き残れないんだから!」
「くまー」
 テンションの変わらないカネコの声が、明るく響くモモコの声に応じる。
「クロコも、後方支援しっかりやってちょうだいね。あんたの作る爆弾はいつでもどこでも一撃必殺、どんな凶悪動物も粉みじんに吹き飛ばせるんだから」
「くっくっ……わかってますよ。私が出て行けばクマゴリラなど」
 眼鏡を光らせながら、クロコはにやりと微笑む。彼女の表情にゆがんだ悪意があるのは明らかだったが、モモコはそれを単なる彼女の個性としかとらえていない。
 そんな三人の前に、この日、いきなり最終目的となる動物が姿を現した。当然モモコは驚き、歓喜し、即座に戦闘体勢へ移行する。
「あーっ、熊だ! クロコ、早くバナナを!」
「くく……了解です」
 クロコがリュックサックからバナナを取り出し、すでに二本足で立ち上がった熊へと投げつける。熊の目の色が変わり、両腕をまっすぐ前方へと伸ばし――
「バナナはあたしのもんだーっ!」
 モモコにとってもバナナは貴重品であった。すでに三日三晩、標的を探し続けて疲弊しきった肉体は、たとえ敵を陥れるための罠だったとしても、この栄養満点の果物を求めずにはいられなかったのだ。
 熊とモモコ、逆方向から同時に加えられた力の影響で、バナナが二つにちぎれて飛ぶ。両者はあたかも生き別れた双子の兄妹のごとく、無心で甘味にむしゃぶりついた。
「うっめ! やっべこれ超うんめっ!」
「くまー」
「やれやれ……貴女は人並みの常識を備えているというのに、なぜそこまで愚かであろうとするのですか。あまつさえ畜生と大差のない次元に落ちるなど」
 クロコの辛辣な言葉を聞きとがめるかのように、バナナを飲みこんだ熊――いや、クマゴリラがのっそりと二本足で立ち上がる。彼こそは日本の警察が総力を結集しても打倒できなかった人類の敵、日本中のスーパーに並ぶバナナというバナナを食らいつくし、全国の家庭から朝のバナナダイエットに励む楽しみを掠奪せしめた張本人であった。
 その出現はまさに神出にして鬼没、どこにでも現れどこからでも消えうせる、まさにシュレーディンガーの猫のごとき人智を超えた不確定存在。ただバナナのみが彼をひきつけ、現実世界での実存を確かなものとする。
「おのれの正体を隠すことも考えない……所詮は野から生まれた獣ですね。私の地球破壊爆弾で華麗に葬ってさしあげましょう。さあ、もっと近くへ――」
「クロコに手を出すなーっ!」
 強靭なクマゴリラの片腕が、クロコではなく間に入ったモモコの身体を吹っ飛ばした。くるくると美しく輪を描いてどさりと地面に落ちるモモコのもとへ、カネコが無表情で近寄ってくる。そして、かぷり、とモモコの指をくわえこんだ。
「あっ……てカネコ、こんな時に何やってんじゃーっ!」
「くまー、くまー」
 元気よく身を起こしたモモコに、カネコは背後をしきりに指さして見せる。モモコが振り返ると、クロコがクマゴリラに追われながら近づいてくるところだった。
「よし、三人そろった! いよいよここからが反撃の機会ね。手をつないで、友情パワーでクマゴリラに立ち向かうのよっ!」
「くままー」
「そんなファンタジーが通用する相手とは思えませんが……まあいいでしょう」
 手をつないで、憎しみよりも愛を与えようとクマゴリラに向かっていく三人の少女。だが全国の小売店から憎しみを買っているクマゴリラは、そろそろ憎しみを売らないと自らのアイデンティティを崩壊させてしまう。ゆえに三人を拒絶した。
「ごへっ!」「くまぶっ」「仕方ない、甘んじて……だが!」
 三者三様に宙を舞い、木や地面や岩壁にたたきつけられる。もうおしまいかとモモコが思いかけた瞬間、クマゴリラはクロコの仕掛けた地球破壊爆弾を踏んだ。
 地球にひびが入り、熊の怪物は目を痛め、大地のひび割れの中へと消えていった。

ж

「お疲れ様です、皆さん。おかげで日本の小売店は守られました。具体的にはイOンとかサTィとかマIカルとかジャSコとか。あとついでに食卓も。ありがとう、ありがとう」
 警視庁からヘリコプターでお迎えが来て、三人はようやく山中生活から解放された。お迎えのお姉さんからたっぷりとお褒めの言葉を預かり、モモコは上機嫌だった。
「東京の汚れた空気がおいしいわねー。さ、これからも三人で退屈だけどささやかな平和を守っていきましょ。みんな、ずっと一緒だよ!」
「……そうは行きませんね」
「ん、どういうことクロコ?」
 そろって庁舎から出てきたところで、クロコの眼鏡が妖しく光った。
「明日から、カネコさんには任務を外れていただきます。今回のクマゴリラ討伐戦で何ら主体的な役割を果たしていない上、意思疎通に重大な困難がある点は特殊任務に携わる者として看過しがたい、と上層部より伝えられました」
「ちょっと、どうしてよ。今までだってあたしたち、あたしとカネコとクロコの三人とでずっと仲良くやってきたじゃない」
「お友達というだけで、カネコさんをごり押しで高給取りのお仕事にねじ込むのは感心できませんよ。友情とはそのように甘いものばかりではありません。今回の決定も、ずっと前から決まっていたことなのです。おとなしく認めてください」
 ぱちん、とクロコが指を鳴らすと、庁舎前に黒塗りのリムジンが停車した。中から四、五人の黒服が現れ、カネコを取り囲んで持ち上げ、トランクを開けて放りこむ。カネコは抵抗一つせず、なすがままだった。
「待って、待ってよ! なんでカネコがこんな、めちゃくちゃなことをされないといけないの? クロコも何とか言ってやりなさいよ、こんなのおかしいって!」
「くっくっ……私がそんな人間に見えますか?」
 うつむいたクロコの三つ編みがぶらんと揺れ、同時にリムジンが走り始める。モモコ、そしてクロコの無二の親友であるはずの少女をトランクに詰めこんだ無慈悲な車は、夜の大都会へと消えていった。
「『クロガネ・モモンガーズ』は、今日より『桃色クロニクルズ』として生まれ変わるのです。貴女と私、二人きりの華麗で瀟洒な戦闘集団としてね」
「クロコ……そんなの私、認めない! カネコのいないあたしたちなんて、あたしたちじゃない! もしカネコをひどい目にあわせるのなら、あんたはただの敵――」
 ぐらり、とモモコの身体がかしいだ。そのまま石段に倒れこもうとするところを、クロコはすばやく、優しく受け止めた。
「バナナに仕込んだお薬、やっと効いてきたみたいですね。さ、次の戦場へ向かいましょうか。私の愛しい王子様」
 クロコはモモコを抱え上げた。が、即座にその場から飛びすさった。
「あなたもしつこいですね……そんなに私が憎いですか」
 先ほどまでクロコの頭があった場所を、クマゴリラの鋭い爪が通過していた。もう片方の腕には、相変わらず低いテンションのままのカネコがしっかりと抱きかかえられている。リムジンの走り去った方角から、煙が上がっているのが見えた。
「くまー、くまー」
「どこにでもいて、どこからでも消えうせる……なるほど、あなたをしとめるにはもう少し工夫が必要なようですね」
 クロコの微笑みは、眠ったふりをしている時よりもなお妖しく輝いて、冷たくも美しく夜を彩っていた。眼鏡の奥で光る瞳が、よりいっそう鋭さを増す。
「くくく……モモコさん、かわいい寝顔ですよ」
 抱え上げた桃色の少女に語りかけると同時に、クロコは大地を蹴った。

(更新者:西崎)
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